二階の窓から

『韓非子』より
不死の薬

韓非かんぴ

白文 現代語訳 ノート

白文

 有献不死之薬於荊王者。謁者操之以入。中射之士問曰、
可食乎。」
 曰、
。」
 因奪而食之。

 王大怒使人殺中射之士。中射之士使人説王曰、
「臣問謁者、謁者曰『可食。』臣故食之。是臣無罪、而罪在謁者也。且客献不死之薬。臣食之、而王殺臣、是死薬也。是客欺王也。夫殺無罪之臣、而明人之欺王也。不如釈臣。」
 王乃不殺。


書き下し

 不死ふしの薬を荊王けいおうけんずる者有り。謁者えっしゃ之をりて以てる。中射ちゅうしゃの士問ひて曰はく、
らふべきか。」と。
 曰はく、
なり。」と。
 りて之を食らふ。

 王大いにいかり、人をして中射の士を殺さしめんとす。中射の士 人をして王に説かしめて曰はく、
しん謁者に問ふに、謁者曰はく『食らふべし。』と。臣ゆへに之を食らふ。れ臣罪無くして、罪は謁者に在るなり。かく不死の薬を献じ、臣是を食らひて、王臣を殺さば、是れ死薬なり。是れ客王を欺くなり。れ無罪の臣を殺して、人の王を欺くを明らかにするなり。臣をゆるすにかず。」と。
 王すなはち殺さず。


現代語訳

 不死の薬を荊王に献上する人がいた。取次の役人がこれを受け取って中に入っていった。(そこに居合わせた)警備の兵士が質問して言うことには、
「その薬は飲めるのか。」と。
 (取次の役人が)言うことには、
飲めますよ。」と。
 そこで、(警備の兵士は)この不死の薬を飲んでしまった。

 王は激怒して、警備の兵士を殺させようとした。警備の兵士が、人づてに王を説得させて言うことには、
「私は取次の役人に聞いて、取次の役人が『飲める』と答えた。だから私はこの薬を飲んだのです。私に罪はなくて、罪は取次の役人にあるのです。しかも、客人は不死の薬を献上して、私がそれを飲んで、王が私を殺したなら、これは死の薬になってしまいます。そうすると客人は王を騙したことになります。無罪の私を殺して、客人が王を騙したことが明らかになってしまいます。それよりは、私を許した方が良いでしょう。」と。
 こうして王は、(警備の兵士を)殺さなかった。 


作品

韓非子かんぴし

春秋戦国時代の末期(紀元前3世紀ごろ)、「信賞必罰」といった法家ほうか思想を唱えた韓非の作。

ノート

2つの「可」

 中射之士謁者はそれぞれ「可」を違う意味で発しており、こんな事態になってしまった。

中射之士
→ 「飲んでもよいか」 (許可

謁者
→ 「飲むことができる」 (可能、『薬なんだから、当然飲むことができる』、という意味)

 中射之士は、許可・可能 両方の意味がある「可」という曖昧な言葉を意図的に使うことで、謁者の言質を取ったわけだ。

中射之士の弁舌

 王に献上された珍しい「不死の薬」を勝手に飲んでしまった警備の兵士は、処刑されかけたが、うまく処刑から許された。説得の骨子は以下の3点。

  1. 謁者に聞いて、謁者が「可。」と答えたから飲んだのであって、悪いのは謁者だ。
  2. 「不死の薬」を飲んだのに、殺されてしまっては「死の薬」になってしまう。
  3. 客人が「死の薬」を献上したことになって王が騙されたことになってしまうよりは、私を許した方が良い。

 詭弁を弄しているとも言えるが、とっさの機知に富んだ主張とも言える。

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文庫: 254ページ
出版社: 角川書店 (2005/03)
ISBN-10: 4043675054
ISBN-13: 978-4043675050
発売日: 2005/03
商品パッケージの寸法: 14.8 x 10.4 x 1.2 cm

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