二階の窓から

『韓非子』より
かんおかすのがい

韓非かんぴ

白文 現代語訳 ノート

白文

 昔者、韓昭候、酔而寝。典冠者見君之寒也、故加衣於君之上。覚寝而説、問左右曰、「誰加衣者。」左右対曰、「典冠。」君因兼罪典衣与典冠。

 其罪典衣、以為失其事也。其罪典冠、以為超其職也。非不悪寒也。以為、侵官之害、甚於寒。故明主之畜臣、臣不得越官而有功、不得陳言而不当。越官則死、不当則罪。


書き下し

 昔者むかし、韓の昭候、酔ひてねたり。典冠の者君の寒きを見るや、故に衣を君の上に加ふ。寝より覚めてよろこび、左右に問ひて曰はく、「誰か衣を加ふる者ぞ。」と。左右こたへて曰はく、「典冠なり。」と。君因りて典衣と典冠とを兼ね罪せり。

 其の典衣を罪せるは、以って其の事を失ふと為せばなり。其の典冠を罪せるは、以って其の職を越ゆと為せばなり。寒きをにくまざるに非ざるなり。以為おもへらく、官を侵すの害は、寒きよりも甚しと。故に明主の臣をやしなふや、臣は官を越えて功有るを得ず、言をべて当たらざるを得ず。官を越ゆれば則ち死され、当たらざれば則ち罪せらる。


現代語訳

 昔、韓の昭候が酔っぱらって寝てしまった。典冠(冠を管理する役人)は、君主が寒そうに寝ているのを見たのだろう、君主の上に上着を被せた。昭候は目覚めたときに喜び、臣下に尋ねて言った。「私に上着を被せたのは誰か。」臣下は「典冠でございます。」とお答えした。すると昭候は、典衣(衣服を管理する役人)と典冠を一緒に処罰してしまった。

 典衣を処罰したのは、典衣が自分の仕事を怠ったと思ったからである。典冠を処罰したのは、典冠が自分の仕事の範囲を越えてしまったと思ったからである。寒いのが嫌でなかった、というわけではない。考えてみると、他人の仕事にまで手を出してしまう害は、寒さの害よりもひどい。よってすぐれた君主が臣下を大切に使うのならば、臣下は自分の仕事の枠を越えて功績を得られず、言葉にしたら実行しなければならない。仕事をしすぎた者は殺され、怠った者は処罰される。

作品

韓非子かんぴし

春秋戦国時代の末期(紀元前3世紀ごろ)、「信賞必罰」といった法家ほうか思想を唱えた韓非の作。


ノート

侵官之害とは、自分の仕事を越えて他人の仕事を侵すことにより、秩序が乱れ、国家が危ぶむということ。

キーワード
キーワード

法家思想と儒家思想

法家思想

韓非によって唱えられた、厳格な法によって裁くべきという考え。

典衣=君主の衣服を管理するという仕事を怠ったため、処罰された。
典冠=自分の仕事の範囲を超えて、他人の仕事を奪ってしまったため、処罰された。

儒家思想

孔子によって大成された、仁義・上下関係を重んじる考えであり、しばしば韓非の法家思想と対比される。

儒家思想に基づくと、
典衣=法家思想と同じく処罰される。
典冠=君主を慮る「仁」による行為であり、処罰の対象とはならない。

韓非子の主張

決められた自分の職務を厳正に全うすべきで、名実がきっちりと一致するべきである。名君が臣下を使うときは、仕事をしすぎた者には死を、言ったことを実行しない者は罰を与える。

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文庫: 254ページ
出版社: 角川書店 (2005/03)
ISBN-10: 4043675054
ISBN-13: 978-4043675050
発売日: 2005/03
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