二階の窓から

『源氏物語』より
須磨の秋

紫式部

原文 現代語訳 ノート

原文

 須磨には、いとど心づくしの秋風に、海は少し遠けれど、行平の中納言の、関吹きこゆると言ひけむ浦波、よるよるは、げにいと近く聞こえて、またなくあはれなるものは、かかるところの秋なりけり。
 御前にいと人少なにて、うち休みわたれるに、一人目を覚まして、枕をそばだてて四方よもの嵐を聞き給ふに、波ただここもとに立ち来る心地して、涙落つとも覚えぬに、枕が浮くばかりになりにけり。琴を少しかき鳴らし給へるが、我ながらいとすごう聞こゆれば、弾きさし給ひて、

恋ひわびて 泣く音にまがふ 浦波は
思ふ方より 風や吹くらむ

 とうたひ給へるに、人々おどろきて、めでたうおぼゆるに、忍ばれで、あいなう起きゐつつ、鼻を忍びやかにかみわたす。
 「げにいかに思ふらむ、わが身一つにより、親はらから、かた時たち離れがたく、ほどにつけつつ思ふらむ家を別れて、かく惑ひ合へる。」
 とおぼすに、いといみじくて、
 「いとかく思ひ沈むさまを、心細しと思ふらむ。」
 とおぼせば、昼は何くれとたはぶれごとうちのたまひ紛らはし、つれづれなるままに、いろいろの紙を継ぎつつ手習ひをし給ひ、めづらしきさまなる唐の綾などにさまざまの絵どもを書きすさび給へる、屏風のおもてどもなど、いとめでたく、みどころあり。人々の語り聞こえし海山のありさまを、はるかにおぼしやりしを、御目に近くては、げに及ばぬ磯のたたづまひ、二なく書き集め給へり。
 「このころの上手にすめる千枝、常則などを召して、作り絵つかうまつらせばや。」
 と、心もとながり合へり。なつかしうめでたき御さまに、世のもの思ひ忘れて、近く慣れつかうまつるをうれしきことにて、四、五人ばかりぞつと候ひける。

 前栽せんざいの花いろいろ咲き乱れ、おもしろき夕暮れに、海見やらるる廊に出で給ひて、たたずみ給ふ御さまの、ゆゆしく清らかなること、所柄はましてこの世のものとは見え給はず。白き綾のなよよかなる紫苑しおん色など奉りて、こまやかなる御直衣のうし、帯しどけなくうち乱れ給へる御さまにて、「釈迦牟尼仏弟子。」と名乗りて、ゆるるかに読み給へる、また世に知らず聞こゆ。

 沖より舟どもの歌ひののしりて漕ぎゆくなども聞こゆ。ほのかに、ただ小さき鳥の浮かべると見やらるるも、心細げなるに、雁のつらねて鳴く声、かじの音にまがへるを、うちながめ給ひて、涙のこぼるるをかき払える手つき、黒き御数珠に映え給へりは、ふるさとの女恋ひしき人々の心、みな慰みにけり。


現代語訳

 須磨では、都と比べてますます悲しげな秋風が吹き、海は少し遠いけれども、行平の中納言が「旅人は 袂すずしく なりにけり 関吹き越ゆる 須磨の浦風」と詠んだという浦波が毎晩打ち寄せるのが、なるほど確かにとても近く聞こえて、またとなく寂しく感じられるのは、こういう所の秋なのだなあ。
 御前にはたいへん人が少なく、皆眠っているのだが、光源氏は一人で目を覚まし、枕を立てて四方の嵐の音を聞いていらっしゃると、波がちょうどここに打ち寄せてきているような気持ちがして、涙が落ちたとも思えないのに、枕が浮くほど涙を流していた。琴を少しかき鳴らしていらっしゃったが、自分でもとても寂しく聞こえたので、途中で弾くのをおやめになって、

恋わびて 泣く音に間違える 波の音は
思い人のいる都から 風が吹くからだろうか

 とお詠みになると、人々は目を覚まして、素晴らしいと思い、自分たちも我慢できずにわけもなく起きて座りひそかに鼻をかむのだった。
 光源氏は、「なるほど従者たちはどう思っているのだろう、私一人のために、親兄弟や、片時も離れがたくそれぞれの身分につけて思い入れのある家と別れ、彷徨い合っているのだな。」
 とお思いになり、悲しくて、
 「こうやって私がとても思い沈む様子を、従者たちは物寂しいと思うのだろう。」
 とお思いになったので、昼はなんやかんやと冗談をおっしゃり従者の気を晴らせ、暇なのに任せていろいろな紙を継ぎ合わせては歌を詠み、すばらしい唐綾などにさまざまな絵を慰みにお書きになる。中でも屏風の表の絵などはとても立派で、見る価値がある。都で人々が源氏に語り申し上げた海山の様子を、遠いところとしてご想像であったが、今はその海山も目の前の近くなので、なるほど想像には及ばない海岸の様子をまたとないほど素晴らしく書き集めなさった。
 「最近名人でいらっしゃるという千枝や常則などをお呼びになって、作り絵を描き申し上げさせたいものだ。」
 と従者たちは待ち遠しく思いあった。親しみ深くすばらしいご様子なので、世の中の憂い事を忘れて、親しくお仕え申し上げることを嬉しいことだと思って四、五人ばかりがずっとお仕え申し上げていた。

 植え込みの花がさまざまに咲き乱れ、素晴らしい夕暮れで、海が見える回廊に出なさって、たたずみなさるご様子の不吉なほどに美しいことは、須磨という場所が場所であるだけに、この世のものとは見えなさらない。白い綾織りの下に柔らかな紫苑色の指貫などをお召しになって、濃い色の直衣、帯が無造作に乱れなさっているご様子で、「釈迦牟尼仏弟子。」と名乗って、ゆっくりとお読みになる声は、これもまたとないほど素晴らしく聞こえる。

 沖の方を船乗りが歌い騒いで漕いで行くのなども聞こえる。なんとなく、ただ舟が小さい鳥が浮かんでいるように見えるのを眺められるが、物寂しい上に、雁が連なって鳴く声と楫の音が間違えるほど似ているのを、ぼんやりと眺めなさって、涙がこぼれるのをかき払った手つきが、黒い数珠に映えなさるのが、都の女を恋しく思う人々の心を、慰めたのだった。


ノート

「光源氏の手つきが黒い数珠に映える」というのは、光源氏の白い手を暗示している。白い手=女性的ということ。
→よって、光源氏が、都の女を恋しく思う人々の心を、慰めた、という解釈ができる。

豆知識
豆知識

しょっちゅう泣く平安時代の男性?

 平安時代の男性はとにかく泣きます。源氏物語を読んでいても、何かにつけては泣いてばかりです。僕は「何故こんなに泣いてばかりなんだ……」と不思議に思っていました。

 現代の価値観から言うと、「男は泣かない」(男女平等の世の中では、ちょっと時代遅れかも知れませんが)という文化がありますが、実は平安時代においては泣くべきポイントで泣ける人こそ、風流が分かっているとされて、高評価だったのです。また、女性においては「笑う」「怒る」というのは下品なこととされ、必然的に平安文学においては「泣く」という描写が多くなっているのですね。

 ちなみに「男は泣かない」という価値観は武家社会におけるもので、つまりは武士の台頭=平安末期・鎌倉時代以降の文化ということになります。

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