『枕草子』より
すさまじきもの
清少納言
原文(品詞分解)
現代語訳
興ざめなもの。 昼に吠える犬。春の網代(※冬に鮎を捕るための仕掛け)。三、四月の紅梅襲の着物。牛が死んでしまった牛飼い。子どもが亡くなってしまった産屋。火をおこさない火鉢や囲炉裏。博士(※大学寮で漢文を教える先生)の家が続けて女の子を産ませていること。方違え(※占いで運勢が悪い方を避けること)に行ったのに、もてなしをしないところ。まして節分のときなどはとても興ざめだ。
よその地方から送ってきた手紙で、その土地の土産物がないもの。 京の都からの(手紙)についてもそう(=土産物をつけて欲しいと)思うことだろうが、しかしそれは(地方の人が)知りたいことを色々と書き集めて、世の出来ごとなどを聞くので(土産物がついていなくても)たいそう良いのだ。ある人のところにわざわざ綺麗に書いて送った手紙の返事を、今は持ってきたところだろうよと、変だなあ遅いなあと待っているところに、(手紙を持って行った人が)先ほど送った手紙を、立て文でも結び文でも、たいそう汚らしく取り扱って毛羽立たせて、(手紙の)上に引いていた墨などが消えて、「いらっしゃらなかった。」とか、「物忌みと言って受け取らない。」と言って持って帰ってきたことは、たいへんつらくて興ざめだ。
除目(※任命の行事)で官職を得ない人の家。 今年は必ず(任命されるだろう)と聞いて、以前(お仕えして)いた人たちで他の所へ行ってしまった人たちや、田舎めいたところに住んでいる人たちなど、皆が集まってきて、出入りする牛車の轅(※引き手部分の柄のこと)も隙間無く見えて、(任官を祈願する)物詣でをするお供に、私も私もと参上してお仕えし、物を食い、酒を飲み、大騒ぎし合っているのに、(除目が)終わった明け方まで門を叩く音もせず、『おかしいな』などと耳立てて聞くと、先払いをする声などが聞こえて、上達部などはみな退出なさってしまった。様子を聞くために、夕方から寒がり震えていた下男が、とてもつらそうに歩いてくるのを、見る人たちは(どうだったか)聞こうにも聞くことさえできない。よそから来た人などが、「(こちらの)ご主人は何におなりになったのか。」などと尋ねるのに答えることには、(任命されなかったとは答えられず)「どこそこの国の前の国司であるよ。」などと必ず答えることだ。心から(主の任命を)当てにしていた人は、たいそう情けないと思っている。早朝になって、ひしめいていた人たちが、一人二人と抜け出して立ち去る。昔から仕えている人たちで、そのようにも見捨ててゆくことができない人たちは、来年の(官職が空く)国々を、指折り数えたりして、体を揺すって歩いているのも、気の毒で興ざめなことだ。
作品
枕草子
清少納言 作。
日本の随筆の祖といわれる。西暦1001年頃までに成立。
ノート
興ざめな物と、その理由
「すさまじき」(興ざめな)ものには、それぞれ理由がある。
逆に「平安時代ではこれが理想」というのがある。一覧にまとめてみよう。
興ざめ | 理想 | ダメなポイント |
昼ほゆる犬 | 番犬として夜吠える | 時間・季節外れ |
春の網代 | 冬の鮎捕りに使う |
三、四月の紅梅の衣 | 紅梅は初春(1月ごろ)に着る柄 |
牛死にたる牛飼い | 当然牛を飼うべき | 本来の働きをしていない |
児亡くなりたる産屋 | 出産時の女性を隔離する小屋 |
火おこさぬ炭櫃・地火炉 | 当然火をおこすべき |
博士のうち続き女子生ませたる | 博士は男子が世襲する | 期待に反する |
方違へに行きたるにあるじせぬ | 方違えは饗応するのが慣習 |