二階の窓から

『枕草子』より
すさまじきもの

清少納言

原文 現代語訳 ノート

原文(品詞分解)

 
すさまじき
形シク
 
もの。
 
 
 
 
ほゆる
ヤ下二・体
 
犬。
 
 
 
 
格助
 
あじろ 
網代。
 
 
三、四月
 
 
格助
 
 
紅梅
 
 
格助
 
きぬ 
衣。
 
 
 
 
死に
ナ変・用
 
たる
助動
完了・体
 
牛飼ひ。
 
ちご
 
 
亡くなり
ラ四・用
 
たる
助動
完了・体
うぶや 
産屋。
 
 
 
 
おこさ
サ四・未
 
助動
打消・体
すびつ 
炭櫃・
 
ぢくわろ 
地火炉。
 
はかせ
博士
 
 
格助
主格
 
うち
接頭
 
 
続き
カ四・体
をんなご
女子
 
む  
生ま
マ四・未
 
助動
使役・用
 
たる。
助動
完了・体
かたたが  
方違へ
 
 
格助
 
 
行き
カ四・用
 
たる
助動
完了・体
 
に、
接助
 
 
あるじせ
サ変・未
 
助動
打消・体
 
所。
 
 
まいて
し→イ音便
せちぶん
節分
 
 
など
副助
 
 
係助
 
 
いと
 
 
すさまじ。
形シク
終止
 
 
 
格助
連体修飾
 
 
 
より
格助
 
 
おこせ
サ下二・用
 
たる
助動
完了・体
ふみ
 
 
の、
格助
同格
 
 
 
なき。
形ク
 
 
 
格助
 
 
格助
 
 
係助
 
 
 
係り→
こそ
 
 
思ふ
ハ四・終
→結び
らめ、
助動
現在推量・已
 
されど
 
 
それ
代名
 
 
係助
 
 
ゆかしき
形シク
 
こと
 
 
ども
接尾
 
 
格助
 
 
係助
 
 
書き集め、
マ下二・用
 
 
 
格助
 
 
ある
ラ変・体
 
こと
 
 
など
副助
 
 
格助
 
 
係助
 
 
聞け
カ四・已
 
接助
 
 
いと
 
 
よし。
形ク
 
 
 
格助
 
もと
 
 
格助
 
 
わざと
 
 
清げに
形動ナリ
 
書き
カ四・用
 
接助
 
 
やり
ラ四・用
 
つる
助動
完了・体
 
 
 
格助
 
 
返り事、
 
 
 
 
係助
 
 
持て
タ四・用
カ変・用
 
助動
完了・終
 
らむ
助動
現在推量・終
 
かし、
終助
 
 
あやしう
形シク
用(ウ音便)
 
遅き
形ク
 
格助
 
 
待つ
タ四・体
 
ほど
 
 
に、
格助
 
 
あり
ラ変・用
 
つる
助動
完了・体
 
文、
 
 
立て文
 
 
格助
 
 
係助
 
 
結び
バ四・用
 
たる
助動
存続・体
 
格助
 
も、
係助
 
 
いと
 
 
汚げに
形動ナリ
 
とり
接頭
 
 
なし
サ四・用
 
ふくだめ
マ下二・用
 
て、
接助
 
 
 
 
格助
 
 
引き
カ四・用
 
たり
助動
存続・用
 
つる
助動
完了・体
 
 
 
など
副助
 
 
消え
ヤ下二・用
 
て、
接助
 
 
「おはしまさ
サ四・未
 
ざり
助動
打消・用
 
けり。」
助動
過去・終
 
もしは、
 
 
「もの
接頭
 
 
忌み
 
 
とて
格助
 
 
取り入れ
ラ下二・未
 
ず。」
助動
打消・終
 
格助
 
 
言ひ
ハ四・用
 
接助
 
 
持て
タ四・用
 
帰り
ラ四・用
 
たる、
助動
完了・体
 
いと
 
 
わびしく
形シク
 
すさまじ。
形シク
ぢもく
除目
 
 
格助
 
つかさ
 
ア下二・未
 
助動
打消・体
 
 
 
格助
 
 
家。
 
 
今年
 
 
係助
 
 
必ず
 
 
格助
 
 
聞き
カ四・用
 
て、
接助
 
 
早う
く→ウ音便
 
あり
ラ変・用
 
助動
過去・体
 
 
 
ども
接尾
 
 
格助
同格
 
ほかほかなり
形動ナリ
 
つる、
助動
存続・体
 
田舎だち
タ四・用
 
たる
助動
存続・体
 
 
 
格助
 
 
住む
マ四・体
 
 
 
ども
接尾
 
 
など、
副助
 
 
みな
 
 
集まり
ラ四・用
カ変・用
 
て、
接助
 
い  
出で
ダ下二・用
い  
入る
ラ四・体
 
 
 
格助
 
ながえ
 
 
係助
 
ひま
 
 
なく
形ク
 
見え、
ヤ下二・用
 
物詣で
 
 
する
サ変・体
 
 
 
に、
格助
 
 
われ
代名
 
 
係助
 
 
われ
代名
 
 
係助
 
 
格助
 
 
参り
動(謙譲)
ラ四・用
 
つかうまつり、
動(謙譲)
ラ四・用
 
 
 
食ひ、
ハ四・用
 
 
 
飲み
マ四・用
 
ののしり
ラ四・用
 
合へ
ハ四・已
 
助動
存続・体
 
に、
接助
 
 
果つる
タ下二・体
 
 
 
まで
副助
 
かど
 
 
たたく
カ四・体
 
 
 
係助
 
 
サ変・未
 
ず、
助動
打消・用
 
あやしう
形シク
用(ウ音便)
 
など
副助
 
 
耳立て
タ下二・用
 
接助
 
 
聞け
カ四・已
 
ば、
接助
 
 
 
 
追ふ
ハ四・体
 
声々
 
 
など
副助
 
 
サ変・用
 
て、
接助
 
かんだちめ
上達部
 
 
など
副助
 
 
みな
 
い  
出で
ダ下二・用
 
たまひ
補動(尊敬)
ハ四・用
 
ぬ。
助動
完了・終
 
もの聞き
 
 
に、
格助
 
 
 
 
より
格助
 
 
寒がり
ラ四・用
 
わななきをり
ラ変・用
 
ける
助動
過去・体
げすをとこ
下衆男、
 
 
いと
 
 
もの
接頭
 
 
憂げに
形動ナリ
 
歩み
マ四・用
 
来る
カ変・体
 
を、
格助
 
 
見る
マ上一・体
 
 
 
ども
接尾
 
 
係助
 
呼応→
 
 
問ひ
ハ四・用
 
格助
 
 
だに
副助
 
 
係助
 
 
問は
ハ四・未
→呼応
ず。
助動
打消・終
 
ほか
 
 
より
格助
 
 
カ変・用
 
たる
助動
存続・体
 
 
 
など
副助
 
係りα→
ぞ、
係助
強意
 
「殿
 
 
係助
 
 
代名
 
 
格助
 
係りβ→
係助
疑問
 
なら
ラ四・未
 
助動
尊敬・用
 
たまひ
補動(尊敬)
ハ四・用
→結びβ
たる。」
助動
完了・体
 
など
副助
 
→結びαの流れ
問ふ
ハ四・体
 
接助、
 
 
いらへ
返答。
 
格助
 
 
は、
係助
 
 
「何
代名
 
 
格助
 
ぜんじ
前司
 
 
格助
 
係り→
こそ
係助
強意
(結び省略)
は。」
係助
 
 
など
副助
 
係り→
係助
強意
 
必ず
 
→結び
いらふる。
ハ下二・体
 
まことに
 
 
頼み
マ四・用
 
ける
助動
過去・体
 
 
 
は、
係助
 
 
いと
 
 
嘆かし
形シク
 
格助
 
 
思へ
ハ四・已
 
り。
助動
存続・終
 
つとめて
早朝。
 
格助
 
 
なり
ラ四・用
 
て、
接助
 
 
隙なく
形ク
 
をり
ラ変・用
 
つる
助動
完了・体
 
 
 
ども、
接尾
 
 
一人
 
 
二人
 
 
すべり
ラ四・用
 
出で
ダ下二・体
 
接助
 
い  
往ぬ。
ナ変・終
 
古き
形ク
 
 
 
ども
接尾
 
 
の、
格助
同格
 
 
 
係助
 
呼応→
 
 
行き
カ四・用
か  
離る
ラ下二・終
→呼応
まじき
助動
不可・体
 
は、
係助
 
 
来年
 
 
格助
 
 
国々、
 
 
 
 
格助
 
 
折り
ラ四・用
 
接助
 
 
うち
接頭
 
 
数へ
ハ下二・用
 
など
副助
 
 
サ変・用
 
て、
接助
 
 
ゆるぎ
ガ四・用
あり  
歩き
カ四・用
 
たる
助動
存続・体
 
も、
係助
 
 
いとほしう
形シク
用(ウ音便)
 
すさまじげなり。
形動ナリ

現代語訳

 興ざめなもの。 昼に吠える犬。春の網代(※冬に鮎を捕るための仕掛け)。三、四月の紅梅がさねの着物。牛が死んでしまった牛飼い。子どもが亡くなってしまった産屋。火をおこさない火鉢や囲炉裏。博士(※大学寮で漢文を教える先生)の家が続けて女の子を産ませていること。方違え(※占いで運勢が悪い方を避けること)に行ったのに、もてなしをしないところ。まして節分のときなどはとても興ざめだ。

 よその地方から送ってきた手紙で、その土地の土産物がないもの。 京の都からの(手紙)についてもそう(=土産物をつけて欲しいと)思うことだろうが、しかしそれは(地方の人が)知りたいことを色々と書き集めて、世の出来ごとなどを聞くので(土産物がついていなくても)たいそう良いのだ。ある人のところにわざわざ綺麗に書いて送った手紙の返事を、今は持ってきたところだろうよと、変だなあ遅いなあと待っているところに、(手紙を持って行った人が)先ほど送った手紙を、立て文でも結び文でも、たいそう汚らしく取り扱って毛羽立たせて、(手紙の)上に引いていた墨などが消えて、「いらっしゃらなかった。」とか、「物忌みと言って受け取らない。」と言って持って帰ってきたことは、たいへんつらくて興ざめだ。

 除目じもく(※任命の行事)で官職を得ない人の家。 今年は必ず(任命されるだろう)と聞いて、以前(お仕えして)いた人たちで他の所へ行ってしまった人たちや、田舎めいたところに住んでいる人たちなど、皆が集まってきて、出入りする牛車の轅(※引き手部分の柄のこと)も隙間無く見えて、(任官を祈願する)物詣でをするお供に、私も私もと参上してお仕えし、物を食い、酒を飲み、大騒ぎし合っているのに、(除目が)終わった明け方まで門を叩く音もせず、『おかしいな』などと耳立てて聞くと、先払いをする声などが聞こえて、上達部などはみな退出なさってしまった。様子を聞くために、夕方から寒がり震えていた下男が、とてもつらそうに歩いてくるのを、見る人たちは(どうだったか)聞こうにも聞くことさえできない。よそから来た人などが、「(こちらの)ご主人は何におなりになったのか。」などと尋ねるのに答えることには、(任命されなかったとは答えられず)「どこそこの国の前の国司であるよ。」などと必ず答えることだ。心から(主の任命を)当てにしていた人は、たいそう情けないと思っている。早朝になって、ひしめいていた人たちが、一人二人と抜け出して立ち去る。昔から仕えている人たちで、そのようにも見捨ててゆくことができない人たちは、来年の(官職が空く)国々を、指折り数えたりして、体を揺すって歩いているのも、気の毒で興ざめなことだ。


作品

枕草子まくらのそうし

清少納言せいしょうなごん 作。
日本の随筆の祖といわれる。西暦1001年頃までに成立。


ノート

興ざめな物と、その理由

「すさまじき」(興ざめな)ものには、それぞれ理由がある。
逆に「平安時代ではこれが理想」というのがある。一覧にまとめてみよう。

興ざめ理想ダメなポイント
昼ほゆる犬番犬として夜吠える時間・季節外れ
春の網代冬の鮎捕りに使う
三、四月の紅梅の衣紅梅は初春(1月ごろ)に着る柄
牛死にたる牛飼い当然牛を飼うべき本来の働きをしていない
児亡くなりたる産屋出産時の女性を隔離する小屋
火おこさぬ炭櫃・地火炉当然火をおこすべき
博士のうち続き女子生ませたる博士は男子が世襲する期待に反する
方違へに行きたるにあるじせぬ方違えは饗応するのが慣習
枕草子 ビギナーズ・クラシックス
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角川書店(編)
文庫: 242ページ
出版社: 角川学芸出版 (2011/9/22)

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