二階の窓から

紫式部日記むらさきしきぶにっき』 より
和泉式部いずみしきぶ赤染衛門あかぞめえもん清少納言せいしょうなごん

紫式部?(作者不詳)

原文 現代語訳 ノート

原文

和泉式部

 和泉式部といふ人こそ、おもしろう書き交はしける。されど和泉はけしからぬかたこそあれ、うちとけて文はしり書きたるに、そのかたの才ある人、はかない言葉のにほひも見えはべるめり。歌はいとをかしきこと。ものおぼえ、歌のことわりまことの歌詠みざまにこそはべらざめれ、口にまかせたることどもに、かならずをかしき一ふしの、目にとまる詠み添へはべり。
 それだに、人の詠みたらむ歌、難じことわりゐたらむは、いでやさまで心は得じ、口にいと歌の詠まるるなめりとぞ、見えたるすぢにはべるかし。恥づかしげの歌詠みやとはおぼえはべらず。

赤染衛門

 丹波守の北の方をば、宮、殿などのわたりには、匡衡衛門まさひらえもんとぞ言ひはべる。ことにやむごとなきほどならねど、まことにゆゑゆゑしく、歌詠みとてよろづのことにつけて詠み散らさねど、聞こえたるかぎりは、はかなき折節のことも、それこそ恥づかしき口つきにはべれ。
 ややもせば、腰はなれぬばかり折れかかりたる歌を詠み出で、えも言はぬよしばみごとしても、われかしこに思ひたる人、憎くもいとほしくもおぼえはべるわざなり。

清少納言

 清少納言こそ、したり顔にいみじうはべりける人。さばかりさかしだち、真名まな書き散らしてはべるほども、よく見れば、まだいと足らぬこと多かり。
 かく、人に異ならむと思ひ好める人は、かならず見劣りし、行末うたてのみはべれば、えんになりぬる人は、いとすごうすずろなる折も、もののあはれにすすみ、をかしきことも見過ぐさぬほどに、おのづからさるまじくあだなるさまにもなるにはべるべし。そのあだになりぬる人の果て、いかでかはよくはべらむ。


現代語訳

和泉式部

 和泉式部という人とは、じつに趣深く文通をしたものだ。しかし和泉には感心しない面があるものの、気を許して手紙をさらっと書いたところ、その方面での才能がある人で、ちょっとした言葉遣いの中にも気品が見えるようです。和歌はたいそう趣深いことだ。古い和歌についての知識、和歌の理論については本当の歌詠みという様子ではないとはいえ、口にまかせて詠んだ歌などに、かならず魅力のある一節を、目にとまるように詠み添えています。
 そうであっても、他人の詠んだ歌について、非難して批評しているようであるのは、さて、それほどまでは(和歌のことを)わかってはいないでしょう。口先ですらすらと自然に歌が詠まれてしまうらしいと、(その方面について)見てすぐにわかる筋(の人々)にはわかってしまう。(こちらが)恥ずかしさを感じる(ほどすごいと思う)歌人だとは思いません。

赤染衛門

 丹波の守の正妻のことを、宮(=中宮彰子)や殿(=藤原道長)の近辺では、匡衡衛門と言っています。特に家柄が優れているというわけではないけれど、実に風格があり、歌人だからと言って何事に付けてもやたらと詠むようなことはないけれど、知っている限りでは、ちょっとした折節のことも、それこそこちらが恥ずかしくなる(ほど上手な)詠みぶりです。
 (赤染衛門ほどの力量のない人が)どうかすると、腰(和歌の第三句)が離れそうになるほど下手くそな歌を詠み上げて、言いようのない気取った言動をして、私はすごいぞと思っている人は、憎らしくもあり、また気の毒だと思うことです。

清少納言

 清少納言は、なんとも得意そうな顔でひどく偉そうにしていた人だ。あれほどお利口ぶって漢字を書き散らしています程度も、よくよく見てみると、まだ全然足りないことが多い。
 このように、人より優れていようと心がけて行動する人は、かならず見劣りして、行く末は悪くなっていくだけなのですから、風流ぶる癖が付いてしまった人は、とても寂しくなんということもないときでも、しみじみと趣があるように振る舞い、風流なことも見逃さないように自然と見当外れで浮ついた様子になってしまうのでしょう。そういったふうになった(浮ついた)人の行く先は、どうして良いことがありましょうか。(いや、良くはならないでしょう。)


作品

紫式部日記

 1010年頃に完成された日記。当時の写本のタイトルは「紫日記」としているものが多い。
 紫式部が作者という説が有力だが、はっきりとした記載はなく、確定的ではない。


ノート

和泉式部、赤染衛門、清少納言の3名はいずれも女流歌人。
(赤染衛門は「衛門」と付くから男性と思われがちだが、女性である)
女性同士でライバル意識を燃やしていたようで、特に紫式部と清少納言は仲が悪かったようだということが、この日記からよくわかる。

簡単に内容をまとめると、
和泉式部
(長所)ちょっとした文章にも気品がある。すぐに魅力のある1フレーズが出てくる人。
(短所)古歌の知識がない。他人の批評をする様子はあまり和歌に通じていないように見える。

赤染衛門
(長所)むやみやたらと詠むことはないが、ちょっとした折にもすごい歌を詠む。
長所しか書いてない。先輩として本当に慕っていたようである。

清少納言
(短所)漢字を大して知らないくせに得意げに利口ぶっている。他人より優れようと行動する意識高い系。風流ぶろうと無理して、浮ついているキョロ充。将来絶対良いことないぞ。
…とまあ相当嫌いだったのだろう、(やや意訳してしまったが)書いてあるのは全部悪口だ。そこまで言うかという感じだ。

紫式部日記 ビギナーズ・クラシックス
→Amazon.co.jpで購入

山本 淳子(編)
文庫: 261ページ
出版社: 角川学芸出版 (2009/4/25)

関連記事

紫式部『紫式部日記』より
若宮誕生

和泉式部『和泉式部日記』より
夢よりもはかなき世の中

←前
『曾根崎心中』 徳兵衛お初 道行
次→
『土佐日記』 門出、羽根
二階の窓から > 古典ノート > 日記・随筆 > 『紫式部日記』 和泉式部、赤染衛門、清少納言