二階の窓から

『古今和歌集』真名序より
れ和歌は

紀淑望きのよしもち

原文 現代語訳 ノート

白文

 夫和歌者、託其於心、發其於詞者也。人之在世不能無爲、思慮易遷、哀樂相變。感生於志、詠形於言。是以逸者其詞樂、怨者其吟悲。可以述懷、可以發憤。
 動天地、感鬼神、化人倫、和夫婦、莫宜於和歌。

書き下し文

 れ和歌は、の根を心地ここちに託し、其の花を詞林しりんひらくものなり。人の世にるや、無為むいなることあたはず。思慮しりょうつやすく、哀楽あいらく相変あいへんず。かんこころざししょうじ、えいげんあらはる。ここもついつする者は其の声楽しく、えんずる者は其のぎん悲し。以ておもひを述ぶべく、以て憤りをはっすべし。
 天地を動かし、鬼神きしんを感ぜしめ、人倫じんりんし、夫婦をすること、和歌よりよろしきはし。


現代語訳

 そもそも和歌というものは、その根源を心という地面に支えられ、言葉という林に開いた花である。人が世間にいる限り、何もしないということはできない。思考は絶えず変わってゆき、悲しいこと楽しいことが転々と入れ変わる。感情は心に生まれ、その結果歌として言葉に表れる。だから順境にあって楽しい者の声は楽しげで、恨みを抱えた者の歌は悲しい。こうして(歌によって)自分の思いを表現でき、憤りを示すことができる。
 天地を動かし、死者の霊魂を感動させ、人道を導き、夫婦の中を和やかにすることにおいて、和歌よりもふさわしいものは無い。


作品

古今和歌集こきんわかしゅう

905年、醍醐だいご天皇の勅命ちょくめい(天皇の命令)により作られた、日本初の勅撰ちょくせん和歌集。 約1,100首を収める。
撰者は紀友則きのとものり紀貫之きのつらゆき凡河内躬恒おおしこうちのみつね壬生忠岑みぶのただみね

『万葉集』が素朴で力強い「丈夫振ますらおぶり」であったのに対して、『古今和歌集』は繊細で技巧的な「手弱女振たおやめぶり」と評される。
掛詞、縁語、比喩などの表現技法が駆使されており、芸術性を追求した歌が多いのが特徴だ。

真名序まなじょ

真名序は『古今和歌集』の序文として書かれた漢文。「真名」は漢字のこと。(⇔「仮名」はひらがな)
紀淑望が執筆したという説が有力だが、撰者ではない淑望が序文を書いた理由は諸説ある。淑望の父が、菅原道真の弟子・紀長谷雄きのはせおであるため、道真の鎮魂のために選ばれたという説もある。道真の怨恨については☞ 『大鏡』菅原道真の左遷を読んでみよう。

この『真名序』を元に、紀貫之が『☞ 仮名序』を記したという説が有力。内容はほぼ一緒だ。


ノート

縁語による表現

植物に関連した比喩を4つ(「根」「地」「花」「林」、縁語)使っている。

和歌は、ここちに託し、其のしりんひら
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高田 祐彦(訳)
文庫: 591ページ
出版社: 角川学芸出版 (2009/6/25)

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