二階の窓から

東京砂漠に関する考察


ビルの谷間の 川は流れない
ひとの波だけが 黒く流れて行く――

東京砂漠

内山田洋とクール・ファイブ 『東京砂漠』

 「ケッペンの気候区分」という言葉を聞いたことはありますか。高校で地理を履修しない限りはなかなか触れることのないものでしょう。1918年にロシア人のケッペンが発表した気候の区分ですが、これがよくできたものなのです。

 さて、「東京砂漠」という曲はご存じでしょうか。こちらはクール・ファイブのヒット曲なので、ご存じの方は多いことでしょう。地理の用語とクール・ファイブ、まるで関係ないようですが、「砂漠」という言葉で繋がっています。今回は「東京砂漠」から「ケッペンの気候区分」に触れてみましょう。

1.ケッペンの気候区分とは?

 W.P.ケッペン(1846〜1940)は植生によって気候を区分できるのではないかと考えました。当然ながら、ある程度の気候の区分は古くから行われてきたわけですが、具体的な数値による区分はケッペン以前にはほとんどありませんでした。というのも、ケッペン以前には全世界的な観測環境が整っていなかったからです。
 ケッペンは植物の生育に障害となる最寒月の平均気温降水量の乾燥限界乾期の有無などをもとに、まずは気候を大きく五つに区分しました。彼の言うところを簡単にまとめてしまうと下図のとおりです。

ケッペンの気候区分

図1 ケッペンの気候区分 チャート図

 A〜Eの五つの区分は赤道から極に向かって並ぶように割り振られています。赤道から順にA熱帯、B乾燥帯、C温帯、D冷帯、E寒帯です。 内陸部・山脈などで少々順番に並んでいないところもありますが、ほぼ順序よく並んでいます。

2.B:乾燥帯の区分

 さて、A〜Eに分けられたこの気候区分は、さらに細かく分かれています。例えば日本はC:温帯に属していますが、さらに細かくいうと日本の大部分はCfa気候に分類されます。「Cfaって何だ?」という話ですが、これら全部を説明しているとあまりに長くなるし、「東京砂漠」から遠ざかってしまうのでやめておきます。詳しい説明を読みたい方は、 ☞「地理ノート」 2−(5)ケッペンの気候区分 から数ページにわたってまとめているので、そちらをご覧ください。

 さて、いうまでもなく砂漠は乾燥していますから、B:乾燥帯です。今回は乾燥帯の区分についてクローズアップしましょう。 乾燥帯とはいったいどういう気候帯なのか?それは図1のチャートを遡れば一目瞭然。

  1. 樹木が生えていない(無樹木気候)
  2. 最暖月平均気温が10℃以上

 の二つだけ。あまりにも単純ですね。ちなみに1の「樹木」には草や苔は含みません。草が生えていても、木が生えていなければ乾燥気候に分類できます。

 そして、このB(乾燥帯)も、もう一段階細かく分類されます。BS(ステップ気候)BW(砂漠気候)の二つです。

3.それぞれの気候区の特徴

BS(ステップ気候)

 BS(ステップ気候)は、雨期があり、ステップと呼ばれる草原が広がる。
 遊牧民のいるモンゴルの光景、といえばおそらくイメージが湧くでしょう。草原も無樹木気候であり、ケッペンの気候区分からいうと乾燥帯に分類されるのです。

BW(砂漠気候)

 回帰線付近・内陸部など、総蒸発量 ≫ 総降水量となる地域。年降水量はだいたい250mm以下となるところが多い。オアシス周辺を除いてほとんど植物が生えておらず、岩石・砂地が広がる。

 後でも少し述べますが、オアシス周辺を除いてというのがミソです。さて、このBSとBWはどうやって分かれるのか?ズバッと計算式で分類できます。

BS(ステップ気候)とBW(ステップ気候)の分類

 (乾燥限界値)と、(年間降水量)を比較します。

@最少雨月降水量と最多雨月降水量を比べて、降水型を判別する

w(冬期乾燥)型 最多雨月が夏にあり、
最少雨月降水量×10 < 最多雨月降水量
s(夏期乾燥)型 最多雨月が冬にあり、
最少雨月降水量×3 < 最多雨月降水量
f(年中降水)型 上記いずれも成立しない

Ar(乾燥限界値)を算出する

@で分類した降水型によって、r(乾燥限界値)の算出式が異なるので、それぞれに当てはめて計算する。

w型 r = 20(t+14)
s型 r = 20t
f型 r = 20(t+7)

※t = 年平均気温(℃)

BR(年降水量)と比較する

R(年降水量)をr(乾燥限界値)と比較する。

r ≦ R Bではない
r/2 ≦ R < r BS(ステップ気候)
R < r/2 BW(砂漠気候)

☞「地理ノート」2−(6)気候区の判定 参照)

 「ん〜、何のこっちゃ??」という感想の方も多いでしょう。実際に分類してみないと抽象的で分かりづらいのは仕方ありません。とりあえずは何やらちゃんとした式をもとに分類されているということです。

4.東京は砂漠なのか

 さて本題に入りましょう。東京の気候区分はいったい何なのか?最初に示したチャート図に戻ってみましょう。これに沿って東京を分類してみましょう。

A〜Eの区分

ケッペンの気候区分

図1 ケッペンの気候区分 チャート図(再掲)

質問@ 樹木が生えているか?

NO。(シラバックレ)

新宿御苑

図3 東京の一部でみられる緑地帯(新宿御苑, 2009年 筆者撮影)

 図3は2009年東京で撮影された写真である。樹 木 が 生 え て い る じ ゃ な い か というのも一つの意見であることは認識しています。
 しかし3章で挙げた特徴に立ち戻っていただきたい。「オアシス周辺を除いてほとんど植物が生えていない」(新詳地理B 初訂版, 帝国書院)のです。実に、新宿御苑はビルの谷間の、都会のオアシス と呼ぶに相応しいではありませんか。新宿御苑は例外である。もちろん代々木公園も、上野公園も、あるいはあなたの家のそばの街路樹も、都会のオアシスにすぎないのです。

質問A 最暖月平均気温が10度未満?

東京のハイサーグラフ

 東京の最暖月平均気温は25℃を超えています。NOです。

 @の関門を突破すれば、東京はB:乾燥帯というところまで余裕でこぎ着けましたね。これで間違っても「東京ツンドラ」とかになる可能性は消えたわけです。

B:乾燥帯内での分類

 さて、ではいよいよ佳境に入ります。東京は砂漠なのか、ステップなのか?

@最少雨月降水量と最多雨月降水量を比較

最少雨月降水量:51.0mm(12月)
最多雨月降水量:209.9mm(9月)

51×10
=510 < 209.9

は成立しないので、f(年中降水)型である。

Ar(乾燥限界値)を算出する

f型なので、

r
=20(15.4+7)
=448

BR(年降水量)と比較する

東京の年間降水量は1528.8mmです。

r=448
R=1528.8

なので、

r ≦ R Bではない
r/2 ≦ R < r BS(ステップ気候)
R < r/2 BW(砂漠気候)
……東京はB(乾燥帯)ではない

 乾燥限界値よりも降水量が大きいので、乾燥帯じゃないでしょ…? ということです。

 無茶苦茶にねじ込でも、計算式でズバリ否定されるようになっているんですね。
 実に、ケッペンの気候区分はよくできています。

参考文献

高橋彰ほか. 2009.『新詳地理B 初訂版』. 帝国書院.
Wikipedia.「ケッペンの気候区分」(2015.05.28最終閲覧)

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