音にきく たかしの浜の あだ波は
かけじや袖の ぬれもこそすれ
おと | ||
音 | に | きく |
名 | 格助 | 動 |
評判。噂。 | カ四 (連体形) |
はま | |||
たかし | の | 浜 | の |
【掛詞】 | 格助 | 名 | 格助 |
形「高し」 +地名「高師」 |
なみ | |
あだ波 | は |
名 | 係助 |
いたずらに寄せ返す波。 →浮気心 |
そで | ||||
かけ | じ | や | 袖 | の |
動 | 助動 | 間投助 | 名 | 格助 |
カ下二(未然形) 波がかかる。 心をかける。 |
打消意志 (終止形) |
感動 | 主格 |
ぬ | |||
濡れ | も | こそ | すれ |
動 | 係助 | 係助 | 動 |
ラ下二 (連用形) |
強意 | サ変 「こそ」の結び(已然形) |
噂に聞く
高師浜に
いたずらに寄せる波には
かかるまい。袖が
(波で)濡れてはいけないから。
そして、浮気心の噂で
名高いあなたの言葉には
心をかけるまい。袖が
(涙で)濡れてはいけないから。
縁語
波 → 音、 高し、 かけ、 濡れ
出典『金葉集』恋下・469
1102年に行われた堀河院(在位:1087〜1107)の艶書合で、
藤原俊忠が詠んだ以下の歌に対する返歌。
人しれぬ 思ひ有磯の 浦風に
浪のよるこそ いはまほしけれ中納言俊忠<現代語訳>
人知れず 思っているのを有磯の 浦風に
波が寄る夜に 言ってしまいたいものだ。
※こちらの歌も縁語(浪 → 浦、 よる)が登場
これに対して紀伊は、「あだ波」(いたずらに寄せ返す波)を浮気心とかけて、さらに波の縁語(音・高し・かけ・濡れ)を詠み込み、見事に突き返した。
艶書は一般的には「懸想文」とも書き、恋文のことです。
艶書合は、男女で別れて恋の歌をやり取りする催し事で、以下の2つのパートに分かれます。
「前度」:男から女への求愛の歌と、女から男への返歌。
「後度」:女から男への恨みの歌と、男から女への返歌。
72番「音にきく〜」歌は、前度での返歌です。
これだけ技巧に凝った歌を詠み上げたときは、艶書合もさぞかし盛り上がったことでしょう。
祐子内親王家紀伊(生没年未詳)
藤原師長の娘か。 紀伊守 藤原重経の妻・あるいは妹?
後朱雀天皇の第一皇女 祐子内親王に仕え、一宮紀伊ともよばれた。
記録があまり残っておらず、伝未詳。
『後拾遺集』以下の勅撰集には31首入集。