さびしさに 宿を立出て 詠むれば
いづくもおなじ あきのゆふぐれ
さび | |
寂しさ | に |
名 | 格助 |
やど | た | い | ||
宿 | を | 立ち | 出で | て |
名 | 格助 | 動 | 動 | 接助 |
タ四「立つ」 (連用形) |
ダ下二「出づ」 (連用形) |
なが | |
詠むれ | ば |
動 | 接助 |
マ下二「詠む」 (已然形) |
おな | ||
いづく | も | 同じ |
代名 | 係助 | 形シク |
【何処】 | (連体形) |
あき | ゆふぐ | |
秋 | の | 夕暮れ |
名 | 格助 | 名 |
※体言止め |
寂しさに(耐えられず)
庵を立ち出て
あたりを見渡すと
どこも同じ
(寂しい)秋の夕暮れだなあ。
出典『後拾遺集』秋上・333
秋の夕暮れの寂しさを率直に詠み上げた歌。
寂しさを紛らすために、思い立って庵を出たが、どこも寂しい秋の夕暮れが広がるばかり…という状況だ。
実は「秋の夕暮れ」という語は、『万葉集』(760〜780年頃成立)には用例がありません。
和歌の世界では、平安後期以降に流行りだした言葉ということになります。
「秋」と「夕暮れ」と言えばなんとなく似つかわしいように思いますが、これは清少納言の『枕草子』(1001年頃成立)に登場する「秋は夕暮れ。」が流行した影響が大きいのです。
「秋の夕暮れ」は、勅撰和歌集では『後拾遺集』(1086年成立)から登場する言葉です。
※ちなみに、『後拾遺集』の前の勅撰集『拾遺集』は1005年頃成立。
ちなみに「春のあけぼの」も同様に『後拾遺集』から登場します。
平安貴族にとって、『枕草子』は非常に影響が大きかったことがよく分かります。
良暹法師(生年未詳-1064?)
天台宗祇園別当を務めた。 歌人としては、橘俊綱の伏見山荘へしばしば訪れて和歌の会に参加していた。
橘為仲・素意法師らとも親交があったようだ。
晩年は山城国の大原(京都大原三千院などで有名)に籠った。
『後撰集』以下勅撰集に31首入集。