忘らるゝ 身をば思はず ちかひてし
人のいのちの おしくもあるかな
わす | |
忘ら | るる |
動 | 助動 |
ラ四 (未然形) |
受身 (連体形) |
み | おも | |||
身 | を | ば | 思は | ず |
名 | 格助 | 係助 | 動 | 助動 |
「は」 濁音化 |
ハ四 (未然形) |
打消 (終止形) |
ちか | ||
誓ひ | て | し |
動 | 助動 | 助動 |
ハ四 (連用形) |
完了「つ」 (連用形) |
過去「き」 (連体形) |
ひと | いのち | ||
人 | の | 命 | の |
名 | 格助 | 名 | 格助 |
想い人。 | 連体修飾 | 主格 |
を | |||
惜しく | も | ある | かな |
形シク | 係助 | 動 | 終助 |
(連用形) | 感動 | ラ変 (連体形) |
詠嘆 (終止形) |
忘れられてしまう
(この私の)身のことは何とも思わない。
(神前で男女の契りを)誓った
愛するあなたの命が
惜しまれることだよ。
出典『拾遺集』恋四・870
かたく神に誓って契りを結んだ人から忘れられてゆく失恋を、相手を怨むのではなく逆に神との契りを破った神罰で滅ぶことを惜しむという内容。
の2つの解釈ができる。
『大和物語』ではこの歌が詠まれた背景が書かれており、
女(=右近)男の忘れじとよろづのことをかけて誓ひけれど、忘れにけるのちに言ひやりける
<現代語訳>
男が、「きみのことを忘れない」とあれこれ賭けて誓ったが、忘れてしまった後に(右近が)歌を詠い贈った。
という話で載っている。前後の物語から推測して相手は藤原敦忠。
「返しはえ聞かず」(返事は聞くことが出来なかった)という。
「きみのことを忘れない」などと言っているのに結局忘れてしまうとは何とも冷淡な話だが、当時の上流貴族は遊戯的恋愛を繰り返すことも多かった。
何度も繰り返される失恋の中で、恨み言を詠み上げた歌という解釈は、現代の感覚からいうと相応しく思われる。
いっぽうで右近を貞女とする評判もあり、定家もこの歌を文字通りに哀れ深い恋の歌として解釈していたようだ。
どちらと取るかは、人次第かもしれない。
右近(生没年未詳 )
醍醐天皇の皇后穏子の女房として仕えた。
元良親王・藤原敦忠・師輔・朝忠・源順・清原元輔などと交際があったようである。
『後撰集』に5首、『拾遺集』に3首、『新勅撰集』に1首、入集している。